ヴェルク - IT起業の記録

受託開発と自社サービスの両立への取り組み

ベータユーザー・初期ユーザーからのフィードバックとスタイルの確立:小さな会社のSaaSの育て方(第6回)

小さな会社のSaaSの育て方」と題して、boardの10年間を振り返っていく連載の第6回です。

2014年5月にベータ公開した直後から、ユーザーの皆さんから多くのフィードバックをいただきました。しかし、僕は基本的に受託開発のキャリアだったため、SaaSにおける要望の扱い方には非常に苦労しました。今回は、その試行錯誤の過程や、boardとしてのスタイルの確立について書いていきます。

SaaSの要望の扱い方がわからない

受託開発では、お客様からの要望や仕様に対して見積もりを作成し、発注を受けてから開発を行います。費用感などを踏まえて「やる・やらない」を判断することはあっても、基本的には依頼されたことに対応するのが仕事です。

一方で、SaaSではそういったプロセスではありません。要望を受けても、実際に対応するかどうかはこちら側で判断する必要があります。カスタマイズに応じているわけではないため、すべての要望に応えることはできません。中にはサービスの設計思想や方向性と異なるものや、他のユーザーにはニーズがなさそうな要望もあります。

今でこそ、しっかりとしたスタンスがありますが、スタート直後はSaaSの経験がゼロで、本当に困っていました。

さらに、当時はまだフルタイムで受託開発の仕事も行っており、boardに割ける時間も限られていました。「早く対応しないとユーザーが離れてしまう」というプレッシャーの中、試行錯誤を続けていました。

軽微な要望には可能な限り対応していた時期も

初期のころは、「対応しないと離脱されてしまうのでは」という不安が強く、要望への対応方針も明確ではなかったため、小さな要望であれば、できる限り対応していました。

ほぼ片っ端から対応していたような勢いでした(実際にそんなことはないのですが)。

そのようなスタンスで対応していると、SaaSとしては必要以上に機能が増えてしまいそうですが、そうならなかったのは、初期段階で機能がまだまだ不足していたため、いただく要望の多くが「あるべき基本機能」だったという点が大きかったと思います。結果的に、不足分を早く補うことにつながったのではないかと思います。

また、2014年当時にSaaSを使って業務を行っていた人たちは同業者が中心で、boardの設計思想とフィットしていたケースが多かったように思います。そのため、方向性を揺るがすような要望が少なかったのは幸いでした。

最近のboardの運営を見て「やるべきことと、やらないと判断したことが明確」と評していただくことがありますが、実は、初期のころはそうではなかったんですよね。迷いも多かったです。

第3回でも触れましたが、当初は「受託ビジネス特化型」と打ち出していました。これにより、利用企業がある程度限定され、いただく要望と設計思想とのズレが少ないものになる、という思いがけないメリットもあったように思います。

受託開発をしていたことが良いブレーキになった

当時はまだフルタイムで受託開発の仕事をしており、boardの開発を担当していたのは僕一人。そもそも開発できる量には限りがありました。

受託の納品時期が近づけば、どうしてもboardに割ける時間は減ってしまいます。そのため、思うように開発が進まないこともしばしばありました。

一見するとこれはマイナスのように思えますが、限られた時間の中で開発することで、大きな機能開発には特に慎重な取捨選択が必要になりました。これが「何に注力すべきか」を考える土台になり、結果的にはよいブレーキになったのではないかと思います。

boardは「守備範囲が明確で手を広げすぎていない」と言われることが度々ありますが、広げられなかったんですよね。もし潤沢な資金や人手があったら、手を広げすぎ軸がぶれてしまっていたかもしれません。

開発ロードマップの公開

2015年1月から、開発ロードマップを公開しています。実はその前身ともいえる試みとして、2014年6月には「今後の機能追加・改善予定」という記事で今後の予定を具体的に公開していました。

この取り組みは、ベータの初期から使っていただいていたユーザーさんからのフィードバックをきっかけに始まりました。

当時はまだ機能が足りていない面も多く、開発ロードマップを公開することで「この機能は今後対応予定です(だからもう少し待ってください)」というメッセージを伝える狙いが強かったと思います。

その後、機能がある程度そろってからは、開発ペースを乱さないための役割が大きくなり、現在も継続して公開しています。

半年ごとに要望を全体的に見直し、対応すべきものを選定するプロセスを通して、全体を俯瞰して考え直す機会を定期的に持てています。

また、日々の問い合わせの中には「声の大きな要望・要求」もありますし、競合サービスのアップデート情報もSNSで流れてきます。開発ロードマップがあることで、そうした声に左右されず、やるべきことに集中できるようになったのは、とても大きな効果だと感じています。

振り返っての考察

ある程度運営に慣れてきてからは、「要望対応」「boardの方向性」「その他の課題」などをバランスよく進めるスタイルが自然と定着しました。

とはいえ、最初の数年は方針らしいものもなく、見放されないようにとにかく必死にニーズに応える、手探り状態でした。

それでもboardの軸がブレずに済んだのは、幸運としか言いようがありません。

boardの運営を見て「軸がブレないのがすごい」と言っていただくことが度々ありますが、実際には常に迷いながらの運営でした。リソースの制約や「受託特化型」というターゲティングの明確さなど、さまざまな要因が相まって「結果的に」軸がブレない運営が形になっていったのだと思います。

とくに「受託特化型」によって初期ユーザー層が絞られていたことは大きかったのではないかなと感じています。もし最初から多様なユーザー層がいた場合、おそらくうまく要望をハンドリングできず、サービスの軸が定まらなかったかもしれません。

 

また、ユーザーさんからの声もスタイルの確立には大きく寄与したように思います。

たとえば、「今がシンプルでとても良いので、機能を追加しすぎてごちゃごちゃにならないで欲しい」という意見をいただいたことはとても重要でした。

また、「やるべきことと、やらないと判断したことが明確」「軸がブレないのがすごい」といった声をいただくことが度々ありました。そういうことを自覚的にやっていなかったので、「あ、こういうふうに見られているんだ」「そういう点を評価してもらえるんだ」と認識したことも、とても大きかったように思います。

とくに初期(どころか最初の4〜5年くらいまで)のboardは、まったく無名の存在でした。そんな中でもサービスを使い、フィードバックをくださった方々には感謝しかありません。そうした方々の声が、boardのスタイルを形作ってくれたと感じています。