ヴェルク - IT起業の記録

受託開発と自社サービスの両立への取り組み

boardというSaaSのリリースから10年が経ったので、経営者・事業責任者・開発者としての個人的な振り返り

boardというサービスが、2024年8月で正式リリースから10周年を迎えたので、振り返ってみたいと思います。

これまでも、有料導入社数1000社刻みで振り返りのブログを書いてきており、今年の頭に5000社の記事も書いたばかりなので、今回はどちらかというと、個人的な視点で思い返したことなどを書いていきます。

boardとは

見積書・請求書の作成から業務管理・経営管理などを行うことができるサービスで、主に数人〜数十人規模の小規模な会社をメインターゲットとしています。自分自身が会社を経営する上で欲しかったものを作るというところからスタートして、10年経った今でも、メイン開発者の1人として開発を続けています。

2024年9月現在の有料登録社数は5300社を超えており、以下は有料5000社突破時の振り返りです。

tamukai.blog.velc.jp

また、先日、10周年のインフォグラフィックスを公開しました。

the-board.jp

10年の振り返り

ヴェルクは現在の社員数が10名の小さな会社で、「10人で1万社が使うサービスを」というスタンスで、事業の成長が会社の規模に依存しない仕組み作りに取り組んでいます。

「10人で1万社が使うサービスを」という表現を使い始めたのはおそらくこの10年の中盤くらいからではないかなと思うのですが、当初から上場は目指してはいなかったですし、規模を拡大していくような動きはしていなかったので、10年を通じて、基本的には少人数でやっていくスタンスで続けてきました。

 

この10年を振り返ると、おおよそ以下のようなフェーズに分類できそうです。

  • 立ち上げ数年の1人プロジェクト時代(2014年〜2016年ごろ)
  • 事業として軌道に乗り始めたものの体制を強化できなかった時期(2017年〜2019年ごろ)
  • 強い体制ができあがった直近の数年(2020年〜現在)

 

この3つのフェーズについてそれぞれ書いていきたいと思います。

立ち上げ数年の1人プロジェクト時代(2014年〜2016年ごろ)

ヴェルクはもともと受託開発やITコンサルティングなどをしていた会社で、boardは、その事業を行う上で欲しかったものを作るというところからスタートしました。

このブログを書こうとしているときに、たまたまFacebookにこんなのが表示されたのですが、これが2013年9月2日。これを見て、「早くブログを書け」と言われている気がしたので書き始めました。

*使っている表現に時代を感じますが、その辺は10年以上前の投稿ということで。
*かなりゴリゴリに作り込んだExcelの仕組みを作ってました。
*これを見ると「リソース管理」とあるのですが、受託をやってたのでアサイン管理・リソース管理が必要で、実はboardのプロト時点であったのですが、色々考えた結果、ベータ公開に向けて落とした機能だったりします。

 

2013年のシルバーウィークに、boardのプロトタイプをいっきに作ったのでその直前の投稿ですね。バックオフィス業務が大変でどうにかしたく作り始めたのがboardでした。

そのような流れでスタートしたため、事業として計画的にスタートしたわけではなく、フルタイムで受託をやりながら、僕が片手間に開発していました。2014年初頭にクローズドベータ、2014年5月にオープンベータというかたちで、少しずつ進めていきました。

基本的には僕の1人プロジェクトで、boardの開発もサポートも全部やりつつフルタイムで受託も続けていたので、立ち上げから数年は、完全に「経営者働き放題プラン」をフル活用しての開発でした。今の年齢だったらたぶん体力的に無理ですね・・・。

 

正式リリース後、有料100社に到達するまでに7ヶ月ちょっと、500社は2年ちょっとかかっているので、非常にゆっくりなペースで成長ですね。受託で食べていたのでやっていけたようなスピード感でした。

board有料登録5000社までの推移グラフ

そのため、最初の数年は、会社の売上の見込みとしてはboard事業はカウントしておらず、あくまで受託事業の中だけで、必要な売上を上げる計画でやっていました。

他のメンバーは、受託の手が空いたときにスポットで開発を手伝ってもらうことはありましたが、基本的にはほぼ僕1人でやっていた時期で、フルタイムで受託もやっていたこともあり、個人的にはこの数年間が一番きつかったなという印象です。

 

しかもずっと受託畑のキャリアだったので、自分で自社プロダクトをマーケティングして売っていく経験も薄く、かなり試行錯誤のなかでやっており、今からはちょっと考えられないくらい未熟なやり方だったなと思います。

とはいえ、この時期に必死に考えてやったことにより、資金力のない小さい会社がどうやっていくかなどを模索し、それらが今の運営スタイルの土台になりました。

また、当時始めた取り組みで今でも続いているものがいくつもあります。たとえば、

  • 開発ロードマップの公開
  • サポートに全力を注ぐ
  • サポートの「回答時間の中央値」の公開
  • ヘルプの充実に力を入れる

などは、おおよそ最初の1年間で形成された取り組みで、今でも継続しています。

 

そういえば、boardリリース当初、実は「受託ビジネス特化型」というキーワードを使っていました。うちの受託開発事業をベースに考えられた仕組みでしたし、そこが明確な差別化になると思っていたので、そういう打ち出し方をしていました。

GitHubのコミットログを探したところ、2016年3月1日に

「受託ビジネス特化型」というキーワードをやめる

というコミットログがありました。ベータ公開時から2年ほどはこのキーワードを使ってたみたいです。

今でも「受託型のビジネスモデルにフィットしやすい」という言い方はしていて、それは変わらないのですが、色々な業界の人と話す中で、システム業界以外であまり「受託」というのがピンとこないらしいことがわかったので、サイト上の表現からは外すことにしました。

 

ちなみにサイトトップにある「バックオフィス業務のために起業したのではない」というキャッチコピーは2014年5月のベータ公開時から使っているものなのですが、賛否がはっきりと分かれるキャッチコピーで、「すごく好き」「わかる」って言ってくれる経営者が多数いる一方、経営者以外からは「よくわからない」「何のサービスが伝わらないから変えた方が良い」と言われることも多いです。

これはboard開発前の僕の心の叫びなので、サービス内容を何も示していないのは本当にその通りですが、サービスの魂みたいなものなので、結局ずっと使い続けています。

 

開発面の大きなトピックとしては、正式リリースから1年ちょっと経ったころに、見積書や請求書などのPDFの実装をゼロから書き直しているのですが、後から振り返ると、これは本当に正解だったなと思っています。たぶん初期の実装を引きずっていたら、その後、だいぶ苦労してたと思う・・・。この10年間で、開発面で大きなポイントを1つだけ挙げるとしたら、これかもしれないなと思っています。

 

また、今から考えると、2014年12月にはfreeeとAPI連携していたのも結構印象的です。業務システムの構築で育った自分としては、最初の構想段階から会計への連携をイメージしてたのですが、当時、APIを公開していたのがfreeeだけだったので、会計連携機能の最初としてfreeeとの連携を開始しました。

余談ですが、とあるバックオフィス界隈の方から、「え、2014年って、まだアーリーアダプターしかfreeeを使っていないような時期なのに、そのときから連携してるのやばい」って言われたことがあるのですが、その後、freee連携機能は本当に大事な機能になっていったことを考えると、全然深く考えていなかったことなのですが、運が良かったなと思います。

 

事業として軌道に乗り始めたものの体制を強化できなかった時期(2017年〜2019年ごろ)

前述の5000社までの軌跡のグラフを見ると、2017年ごろからぐっとペースが上がってきました。

このころに何かがあったというわけではないのですが、体感的に、「請求書を作成するサービスを探す」というときに、最初にいくつか候補として名前が挙がるサービスの「次」くらいに名前を挙げてもらうことが少しずつ増えてきた感じでした。要するに、認知度の向上ですね。

boardは最初から「請求書サービス」として設計・開発したわけではなく、そういう打ち出し方もしていないのですが、当時は、圧倒的に請求書サービスと比較されることが多かったです。

そのため、「主要な請求書サービスでフィットしなかった人が、もう少し他にも探してみる際の候補になる」くらいの位置付けにはなりつつあったので、それで利用者が増えてきたかなと解釈しています。

それ以外の要因はこれといったものが思い浮かばず、たとえば、「○○の機能を追加したら伸びた」みたいな経験は、この時期に限らず10年間を通して一度もないんですよね。なので、個人的には、特定の機能がキラーにはならないと思っています。

機能に目が行きがちではあるけど、全体を通しての体験が重要だと思っているので、基本的なスタンスとして、機能追加と事業の成長は結びつけないように(期待しないように)しています。

 

一方で、この時期はまだCSチームが立ち上がっていませんでした。何名か採用してはうまくいかず、結局僕が1人でサポート対応までやる状態が続いていました。このころは、いつも「サポートの採用が・・・」って言ってた気がします。
*その後、サポートの採用に苦労しているのを見かねた知り合いがいい人を紹介してくれて、2018年中盤ごろからようやくCSチームが立ち上がり始めました。

 

とはいえ、この数年間、自分でがっつりサポートをやったおかげで、自分自身のサポートスキルだけでなく、サポートの重要性や思想、サポートで得た情報をどう開発に反映していくかなど、自分で肌感覚を持てたのはすごい財産になっています。それらが、CSチームの運営スタンスやその後の採用方針の土台になりました。また、今でも毎日全部の問い合わせに目を通して開発や今後の構想の元ネタにするといったboardの開発スタイルにも繋がっているので、とても大事な時期だったと思います。

 

boardのユーザーさんと直接話す機会があると、かなりの確率でサポートやヘルプについてお褒めいただきます。自分自身でがっつりサポートをやっていた経験から、サポートの品質についてはかなりのこだわりがあります。その水準がCSチーム立ち上げに苦労した要因の1つでもあるのですが、現在はそれが実現できているので、ここにこだわってきて本当に良かったなと感じています。

サポートに関しては、当時知り合いから、「システムの隅から隅まで熟知している開発者自身、しかも経営も実務もわかっている人が、最優先で即レスサポートやってたら、誰にも引き継げないからやめた方がいいですよw」って言われたことがあるのですが、リリース当初から、そのくらいサポートの優先度を上げて対応していました。このころは、問い合わせが入れば受託の仕事の手を止めて、サポート対応を優先してやっていました。サポートに力を入れるのは、小さい会社が取れる数少ない戦略だと思うんですよね。

また、受託畑のキャリアだったことも、サポートに力を入れた要因の1つだった気がします。サポート経験がない中でサービスをスタートしたので、どういう感じでやれば良いか、基本がまったくわからなかったんですよね・・・。なので、最初のころは、受託でお客さんと密にやり取りするような感覚が強く残っていたような気がします。

 

この期間(2017年〜2019年ごろ)のもう1つの大きな変化としては、僕の受託の稼働割合を徐々に減らしていき、最終的には、直接担当する案件はほぼないくらいにまで減らしました。事業のメインが徐々にboardに移ってきた時期でもあります。

 

board自体の機能面では、会計連携機能の拡充・board APIの公開・分析機能のリニューアルなど、大きめの機能追加・リニューアルがいくつもあり、今に近いかたちができあがった時期でもあります。

boardは2014年のリリース当初から基本的な機能・設計思想・構成などは大きくは変わっていないので、わりと初期のころから今の原型はあったのですが、この期間(2017年〜2019年ごろ)に、初期からある機能のフルリニューアルや、現在のboardを支える重要な機能がいくつも追加されており、開発面でも重要な時期だったなと思います。

 

強い体制ができあがった直近の数年(2020年〜現在)

この時期は、コロナ禍があったり、電子帳簿保存法やインボイス制度などの法改正対応があったり、何かと慌ただしかった時期ですが、事業としての手応えといいますが、ある程度自信を持てるようになってきたのは、2020年ごろかなと思います。

2019年に有料2000社を突破していますが、boardは単価が安いので売上としてはまだまだで、ようやく会社の体制として、計画的に受託の割合を減らせるといった感じでした。

 

「手応え」という意味では、導入社数が3000を超えたあたりからだいぶ安心感が増え、そのころには、社内の体制がかなり充実してきたという背景も大きいです。

2018年以降は、毎年1〜2名のペースでエンジニア・サポートともに良い採用ができ、非常に強いチームになってきたなと感じています。

CSチームの立ち上げには本当に長らく苦労していましたが、現在はすっかり手が離れ、元編集者・サポートのプロ・元経理x2という、非常に頼もしい4人チームになりました。

エンジニアチームも、自分を含め、得意分野が異なるメンバーがいい感じのバランスでいます。

そして今年は、10年目にして初のマーケティングのメンバーも加わりました。

規模は小さいですが、1人1人のレベルや得意分野など、とても強いチームになったなと。ずっと採用には苦労してきたので、本当にありがたい限りです。

 

業界的には、インボイス制度のような追い風はあったのですが、基本的には広告・営業などをやらないスタンスで運営しているので露出負けはしていて、波にしっかり乗り切ったかというとそうではないのですが、短期的な売上は追求せず、粛々と完成度の高いサービスにしていくことをやっていました。

また、セキュリティー割引サポート窓口のシステムの自社開発アクセシビリティー改善の取り組みお世話になっているOSSのスポンサーなどを始めたのもこの時期で、直接的な機能面以外の取り組みもやれるようになってきました。

 

一方で、今まさに直面しているのが、悪意のある人がサービスを悪用しようとするケースです。具体的には書きにくいので控えますが、そういった行為の検知や対策なども必要になってきており、これまでと少し性質が変わってきた感じがしています。

サービスの成長とともに、表に見えない部分で色々やることが増えてくるんだなということを、最近強く思っているところです。

 

個人的には、サポートの手が離れたのが非常に大きな出来事でした。現在でも毎日すべての問い合わせには目を通していたり、CSチームだけでは対応できない内容(エスカレーション)の対応をしたりはしていますが、日常的な対応はすべてCSチームに任しており、むしろ自分が対応するよりずっと良い対応をするので、お役御免になった感じです。

開発に関しても、各自がある程度の期間をかけて開発するタスクを1つ持ちつつ、それぞれの視点で気になった点・改善点などを各自が拾って動いてくれるので、とても頼もしくやりやすいチームになっています。

10年かかって、ようやくここまで来れたなあという感じです。

 

まとめと今後

とくにまとまりも網羅性もない、だらだらと個人的に振り返るブログになってしまいましたが、10年1つのサービスの開発者・事業責任者をやってて思うのは、とにかく「継続」に尽きるなと思っています。

うちのような小さな会社の場合、リソースや知名度では絶対に勝負できません。「boardってよくわからない会社が作ってるみたいだから不安」みたいなことは今でも言われます。

boardはこれまでの10年で、何かすごく目立つことがあったとか、取り上げてもらったとか、そういうこともほとんどなく、ずっと「知る人ぞ知る」みたいな位置づけだったように感じていますし、たぶんそれはこれからも変わらないんじゃないかなと思っています。

個人的には、ここ数年はサポートの手が離れたことで開発に集中できる時間が増えていて、「もっとサービスの完成度を上げて良くいくぞ」という感じで、作り手としては、むしろこれからの方が楽しみだったりします。

今も昔も、地道に継続的にやっていくスタンスは変わらないので、今後もそれを続けていくだけかなと思っています。急なアクセルを踏むのではなく、継続できるやり方で、安定したモチベーションで続けていくことが大事。

 

よく「この後どうしていくんですか」「どういう構想があるんですか」みたいなことを聞かれるんですが、正直なところ、これまでの10年間、中長期の構想を持ってやっていないので、今後のこともあまり考えていません。数年先のことが予定通りいくことなんてなかなかないですし。

今後も、毎日の問い合わせに全部目を通して、世の中の流れ・雰囲気を肌で感じて、時代の変化に合わせて継続的に改善を続けて、いい感じのバランスでサービスを成長させていければ良いかなと思っています。

 

boardのことを「ちょうどいい」と表現していただくことがあるのですが、boardの目指すべき方向性を良く表していて、すごく気に入っています。

中小企業にとって「ちょうどいい」サービスであり続けられるようにしていきたいなと思います。